乗り物酔い研究室(野田耳鼻咽喉科内)乗り物酔い研究室(野田耳鼻咽喉科内)

乗り物酔いにおける感覚混乱と平衡機能障害との関係乗り物酔いにおける感覚混乱と平衡機能障害との関係

はじめに

私は乗り物酔いでは平衡機能障害が重要な役割を果たしており、1)~3)感覚混乱説は誤りだと考えていた2)が、今回、感覚混乱と平衡機能障害には関係があることに気付いたので報告する。

考えるきっかけは2つあり、ひとつは「乗り物酔いの原因は視覚情報と平衡感覚のずれなのか?」という質問である。私のホームページ「乗り物酔い研究室」には様々な問い合わせがあるが、2019年にこの質問を受けた。もうひとつは乗り物酔い防止メガネで、同年にテレビや新聞社からその効果についての質問があった。

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乗り物酔い研究における問題点(1):平衡機能障害

最大の問題点は平衡機能障害の定義が不明瞭なことである3)。現時点では平衡機能検査で正常範囲を逸脱している場合に平衡機能障害と呼んでいるにすぎない。田口は人が種々の体位、行動の中でその都度バランスを保持し得る範囲が存在し、これを平衡機能の守備範囲とすると、この範囲からはみ出る状態を平衡障害と考える4)としている。これでは具体的な評価ができず、外来、研究室以外では平衡機能障害の有無を判断できない。

いかなる条件下においても中枢神経系が眼球の動き、姿勢や運動を制御できない場合は平衡機能障害があると考えるべきである1)~3)。乗り物が動いた瞬間から人はめまい感のない平衡機能障害を起こしている1)~3)

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問題点(2):前庭自律神経反射

3つの前庭反射があるが、すべて反射の定義を満たしていない。反射では刺激が一定であれば、応答は紋切り型でなければならない。前庭自律神経反射は個体差が大きいばかりではなく、同一個体で反応が変動する。個体差や反応の変動は反射ではなく、自律神経中枢の調節で説明できると考えている1),2)

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問題点(3):胃腸の揺れ

吐き気や嘔吐は胃腸障害の症状である。乗り物の中で目や体が揺れているので胃腸も揺れているはずである。乗り物酔いでの胃腸の揺れは今後の検討課題ではあるが、その影響は大いにあると考えている1),2)

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通常の動作における中枢神経系への入出力(図1)

通常の動作における中枢神経系への入出力
図1(クリックすると大きく表示します)
問題点(1)、(2)、(3)を考慮して、通常の動作における中枢神経系への入出力を図1に示す。入力は内耳、視覚、体性感覚系、内臓(胃腸)、出力は外眼筋、四肢・体幹筋、内臓で、中枢は脳脊髄神経系と自律神経系に分けている。

基本的に「乗り物酔い研究室」の最初のページにある図1と同じ図であるが、中枢では調節能力に大きな差があると考え1),2)、調節能力が高いほうの自律神経系中枢を大きくしている。青色の矢印は通常の状態を示している。

内耳性めまいやカロリックテストでは眼振がみられ、眼球が揺れている。シミュレーター酔いやシネラマ酔いでも眼球の動きを制御できなくなっていると考えている1)~3)が、乗り物酔いと同じような症状が起こる。したがって、眼球の動きを中枢が制御できなくなる場合に乗り物酔い症状が起こりやすくなることが想定される。そのために入力では内耳、出力では外眼筋が重要と考え、それらを大きくしている。

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乗り物に乗った時の中枢神経系への入出力

乗り物に乗った時の中枢神経系への入出力
図2(クリックすると大きく表示します)
乗り物が動き出した瞬間から内耳、視覚、体性感覚系、内臓(胃腸)から異常な入力(赤色の矢印)があり、脳脊髄神経系中枢は調節不能の状態で、赤くしている(図2)。外眼筋、四肢・体幹筋へは異常な出力があり、平衡機能障害を起こしている。小さい頃から乗り物に乗り慣れているせいで、目や体が揺れていること、つまり平衡機能障害を起こしていることを異常であるとは思わないのであろう。自律神経中枢が適切に調節しているために吐き気や嘔吐が現れず、自覚症状は何もない1),2)

乗り物酔いにおける中枢神経系への入出力
図3(クリックすると大きく表示します)
激しい揺れがある程度の時間続くと自律神経系中枢と青色の矢印が赤くなり、つまり自律神経系中枢の調節ができなくなり乗り物酔いが発症する(図3)。

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乗り物酔いは自分で起こせる

眼球の動きを中枢が制御できなくなると乗り物酔い症状が起こりやすくなると考えられるので、自分で頭に動揺負荷を加え、内耳および視覚を刺激し、眼球を動かした。

頭を左右方向にゆっくり動かすと周囲の景色がぶれないが、できるだけ激しく動かすと景色が左右にぶれ、私は10秒程度で吐き気が起こってきた。頭を上下方向へ激しく動かし続けても、周囲の景色が上下にぶれて吐き気が起こった。

閉眼で左右、上下方向へ激しく揺らすと、開眼よりも時間がかかるが、吐き気がしてきた。

頭をゆっくり動かして景色がぶれないのは前庭眼反射により頭が右なら目が左へ、頭が左なら目は右へ動くからである。上下方向でも頭と眼の動きが逆になり、周囲の景色はぶれない。

しかし、前庭眼反射や中枢の働きには限界があり、激しく頭を振ると眼球の動きを制御できなくなる。開眼では周囲の景色がぶれて内耳と視覚の感覚混乱が起こり、内耳ばかりではなく、視覚からの刺激も加わり吐き気が起こる。閉眼では視覚情報を遮断しているので感覚混乱は起こらない。主に内耳が刺激されるので、いわゆる前庭自律神経反射によって吐き気が起こることになる。乗り物酔いでは前庭自律神経反射が大きな役割を果たしていると思われる。図では示していないが、開眼の頭振りで吐き気が起こった場合は図3の中で内臓から中枢へは通常の入力(青色の矢印)であり、閉眼では視覚と内臓から中枢へは通常の入力(青色の矢印)である。

眼球の動きを制御できないのが、つまり平衡機能障害が乗り物酔いの主因であり、感覚混乱は平衡機能障害に伴う二次的な現象と考えられる。

詳しく調査していないために断定的な事は言えないが、頭への左右方向の動揺負荷は車酔いの、上下方向の動揺負荷は船酔いの実験モデルになるのではないかと推測している。

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乗り物酔い防止メガネ

このメガネにはフレーム内部に着色された液体が入っており、 液体が顔の正面と左右で揺れて水平線を再現することで内耳と視覚との感覚混乱を緩和することが期待されているようだ。

中国製の乗り物酔い防止メガネが手に入ったので、これをかけて自分で頭を激しく振り続けると周りの景色がぶれて、吐き気がしてきた。 左右、上下方向ともに吐き気があり、私には効果がなかった。このメガネでは平衡機能障害を緩和することができないので、乗り物酔いにはあまり効果がないのではないかと思われる。

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まとめ

乗り物酔いは頭が激しく揺れると起こりやすくなり、実験的に簡単に乗り物酔いの症状を起こせる。自分で頭を激しく揺らすと乗り物酔いの症状が出てくる。開眼では周囲の景色がぶれて、内耳と視覚の感覚混乱が起こるが、閉眼では視覚情報を遮断しているため感覚混乱は起こらない。開眼、閉眼共に乗り物酔いの症状が起こるので、感覚混乱は乗り物酔いの主因とはなり得ない。平衡機能障害が乗り物酔いの主因であり、感覚混乱は平衡機能障害に随伴する二次的な現象と考えられる。

本文の要旨は第161回日本耳鼻咽喉科学会長崎県地方部会(2019年12月7日,佐世保市)において口演した。

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(参考文献)

  • 1)野田哲哉:平衡機能障害と嘔吐―動揺病の発症についての私見―.耳鼻と臨床 46:318-326,2000.
  • 2)野田哲哉:動揺病の感覚混乱説に対する疑問.耳鼻と臨床 47:275-281, 2001.
  • 3)野田哲哉:平衡機能障害についての私見.耳鼻と臨床 49:201-205,2003.
  • 4)田口喜一郎:めまい・平衡障害診断における平衡機能検査の占める位置.平衡機能検査の実際.日本平衡神経科学会編,92-102頁,南山堂,東京,1986

2019年12月26日


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