乗り物酔い研究室(野田耳鼻咽喉科内)乗り物酔い研究室(野田耳鼻咽喉科内)

乗り物酔いについて乗り物酔いについて

1. なぜ乗り物酔いが起こるのでしょうか。

動いている電車やバスの中で空き缶やペットボトルがコロコロと転がっているのを見た人は多いと思います。乗り物の中では人間は転がらないのでしょうか。フェリーの船室には転がれるだけのスペースがあります。この時、外が嵐なら人間はコロコロと転がっているでしょう。バスが道路から転落したり、電車が脱線して建物に激突したりすれば人間は宙に浮いているはずです。激しい揺れがあれば、人間は自分の体を制御できなくなります。実際には、嵐があればフェリーは欠航になり、バスや電車の事故はめったにありませんので、転がったり、宙に浮いたりする経験がある人は少ないと思います。

それでは、通常、バスや電車に乗っている時は自分の体をきちんと制御できているでしょうか。イスに座っていても頭は前後左右に揺れており、全く制御できません。乗り物が止まる前には頭は前に動いています。カーブでは頭が左右に揺れており、イスの背持たせに頭を付けると、頭が左右に動いているのが実感できます。

人間は揺れを内耳、目、体性感覚系(皮膚や筋肉にある感覚器)で感じていますが、乗り物に乗ると揺れが強すぎて体の筋肉の制御ができません。すなわち、乗り物が動き出した瞬間からずっと人間は平衡機能障害を起こしています。平衡機能障害があってもめまい感があるとは限らず、めまい感がない場合、平衡機能障害があることが自覚できません。

バスの座席に座って本を読む行為は乗り物酔いが起こりやすいので、これで具体的に説明します。頭、体、手、目は不規則に揺れており、カーブでは揺れがひどくなります。本を持つ手が揺れますので、本が揺れます。揺れている本の字を本とは違う揺れ方をしている目で追います。この時、内耳や目には大きな加速度負荷が加えられ、著しい平衡機能障害を起こしています。この状態で吐き気や嘔吐などの自律神経症状が現れた時が乗り物酔いになります。突然、自律神経症状が現れますが、実は平衡機能障害に自律神経症状が伴っただけです。

乗り物に乗らなくても乗り物酔いの症状は起こせます。目の前にある物をじっと見ながら頭をゆっくり左右に動かして下さい。目の前の物は止まって見えるでしょう。中枢が目を動かす筋肉を制御しています。では、出来るだけ速く頭を左右に動かして下さい。目の前の物は激しくぶれて見えます。内耳と目に大きな加速度を加えるとはこういうことで、目を動かす筋肉を全く制御できなくなります。1分間できますか。私は10秒もできません。吐き気がしてきます。ついでに目をつぶって同じことをしてみて下さい。目からの刺激がなくなりますので、吐き気が起こるまでの時間が長くなります。

なぜ自律神経症状が現れるのでしょうか。それは吐き気や嘔吐と関係がある胃や腸といった内臓が揺れるからです。内臓疾患で吐き気や嘔吐が起こりますが、乗り物酔いはそれと関連があると思います。

神経系は機能的に2つに分けられます。体性神経系(脳脊髄神経系)と自律神経系です。平衡機能障害は体性神経系の異常所見で、吐き気や嘔吐は自律神経系の症状です。2つの神経系の異常所見や症状が同時に起こるとは限りません。乗り物による揺れでは平衡機能障害が先に起こります。激しい揺れが長い時間続けば、自律神経症状が現れる人が出てきます。

乗り物に酔いやすい人と酔いにくい人では平衡機能にほとんど差がありません。それでは、乗り物に酔いやすいのはどのような人でしょうか。これは私の推測ですが、体性神経系と自律神経系の結びつきが強い人です。両側の内耳障害がある人はほとんど乗り物に酔いません。このような人は平衡機能が低下しており、自律神経系との結びつきが弱くなります。2つの神経系の結びつきが強い人は平衡機能障害が起こった時には自律神経系への影響が大きくなるはずです。胃腸が揺れに対して敏感な人も乗り物酔いを起こしやすいかもしれません。

乗り物酔いの中心に平衡機能障害があり、自律神経症状が現れた時を乗り物酔いと言っているにすぎません。

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2. 乗り物に酔いやすい人の割合

当科の問診表の1番下に、「乗り物に酔いやすいですか。」の質問があります。これに「はい」または「いいえ」と答えてくれた方が多数あります。平成14年9月からの11年間のデータを基に、男女別、年齢別に乗り物に酔いやすい人の割合を調べました。男女ともに2歳から「はい」と答えた方がおり、2歳以上での統計処理を行いました。

対象者は男性が9,395名、女性が13,400名、全部で22,795名でした。おおよそ10歳ごとに統計を取りました(図2)。2歳から19歳までは1歳ごとに統計を取りましたが、グラフ(図3)では7歳から16歳までを示しています。これらのグラフの基になった数字は表1、表2にあります。

20~69歳は男性12.3%、女性26.7%で、70歳以上では男性9.3%、女性14.6%でした。カイ2乗検定による統計処理を行うと、ほとんどの年齢で男性より女性のほうが高いのですが、80歳以上では男女差がありませんでした。2歳から19歳においては、男性は9歳から16歳で30%前後、女性は11歳から18歳で40%前後の高い値になりました。統計上、男女差があるのは7歳、8歳、16歳、17歳、18歳で、9~15歳では差がありません。

乗り物酔いの年齢別頻度
図2(クリックすると大きく表示します)
年齢別頻度(4歳から、3歳ずつ)
図3(クリックすると大きく表示します)
 
年齢 対象者 酔う 対象者 酔う
2~2,0411607.82,02824211.9
10~1,21233127.31,38950036.0
20~1,02416015.61,96758029.5
30~1,56620913.32,82180328.5
40~1,01310110.01,50637424.8
50~8589310.81,40835525.2
60~8439010.71,15926823.1
70~608559.069411516.6
80~2002010.04294911.4
合計9,3951,21713.013,4003,29124.6

表1 およそ10歳ごとの年齢別頻度

 
年齢 対象者 酔う 対象者 酔う
232961.832272.2
329693.0283124.2
428272.5286134.5
5262124.6239247.1
6285248.22863211.2
7206199.22214118.6
81682512.11734727.2
92235826.02166530.1
101855529.71825228.6
111405136.41605836.3
121564931.41517147.0
131484731.81706437.6
141323627.31585031.6
151423826.81425236.6
161062826.41224940.2
17801113.81365036.8
18801215.0943335.1
1940717.5761925.0

表2 2歳から19歳の頻度

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3. 乗り物酔いの対策

乗り物に酔いやすい人はどうしたらよいでしょうか。あまり良い対策はなさそうです。乗り物に乗る前に乗り物酔いの薬を飲むぐらいしかありません。体調不良、睡眠不足、空腹時や満腹時は酔いやすくなります。

私は小中学生の頃、乗り物、特にバスに酔っていました。年に数回しか乗りませんが、ほとんど毎回、10分以内に気分が悪くなっていました。中学校の修学旅行では乗り物酔いの薬を飲んだにもかかわらず、バスの中で嘔吐しました。バスに酔わなくなったのは高校生になってバス通学をしてからですが、最初の1週間ぐらいは酔っていました。

最近、2歳の男の子の酔いの相談を受けました。祖父母宅に行くのに1時間近く車に乗るのですが、毎回のように嘔吐するそうです。うまいアドバイスができませんでしたが、たまに行くから酔うのです。毎日行けば1週間ぐらいで酔わなくなると思います。乗り物酔いの慣れの現象が起こります。

乗り物に乗ると必ず平衡機能障害を起こします。乗り物に絶対に酔いたくないということであれば、対策は一つしかありません。乗り物に乗らないことです。しかし、これは現実的ではなく、実際には乗り物に乗らざるを得ません。カーブの多い山道や荒れている海では私は今でも酔います。

乗り物に酔えば、酔いに耐えればよいのです。背もたせに頭を付け、頭が出来るだけ揺れないようにし、目をつぶります。このまま眠るのがよいのですが、眠れなくてもボーとなって、意識レベルが下がれば少しは楽になります。だめな時は嘔吐すればよいのです。乗り物から降りれば、乗り物酔いは治ります。

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4. 乗り物酔い研究のきっかけ

内耳を刺激すれば、目が回り、体がふらふらし、時には吐き気や嘔吐などの自律神経症状が起こることもあります。これらはそれぞれ前庭眼反射、前庭脊髄反射、前庭自律神経反射が関与していると考えられています。

私は長崎大学に勤務していた時、前庭脊髄反射の研究をしていました。直立姿勢で片側の耳の近くを直流で刺激すると体が傾きますが、首を捻ると傾く方向が変わります。しゃがんで刺激しても直立姿勢と同じような反応が現れます。前庭脊髄反射はこれまで考えられていたように直接下肢の筋肉に反応が及ぶのではなく、主に頸筋が反応すると推察しました。下肢の筋肉の反応は2次的な変化になります。また、頭部に直線加速度刺激を加えた時の頸筋の反応を筋電図で記録したこともあります。

前庭眼反射や前庭脊髄反射は通常は目が回ったり、体がふらふらしないように働いており、中枢の制御ができない時にそのような症状が現れると考えられています。一方、前庭自律神経反射は反射によって直接吐き気や嘔吐などが現れると考えられています。1990年頃、前庭自律神経反射もほかの反射と同じような反応をするのではないかと思ったのが乗り物酔いの研究のきっかけです。

その後、前庭自律神経反射、内臓(特に胃)が関係する吐き気や嘔吐、めまい感と平衡機能障害などについてあれこれと考えた結果、「乗り物酔いの平衡機能障害説」が出来上がりました。

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5. 奇妙な前庭自律神経反射

内耳性めまいや内耳の刺激で現れる自律神経症状の現れ方は本当に奇妙です。現れる人もいれば、現れない人もいます。同一個人に同じような内耳の刺激を加えても一定の反応が起こるとは限らず、変動します。同じ刺激なら同じ反応をするというのが反射ですから、前庭自律神経反射は反射ではありません。それでは、どうして吐き気や嘔吐が起こるのでしょうか。現時点では、内耳が関係した自律神経症状の発現機序は不明です。

前庭眼反射や前庭脊髄反射は視覚や体性感覚系の影響を受け、反射の定義からは外れています。これらの2つの反射と前庭自律神経反射は反射ではなく、中枢の制御や破綻で説明できそうです。

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6. 加速度負荷での中枢への入出力(図1)

加速度負荷における中枢への入出力
図1(クリックすると大きく表示します)
まっすぐに立っている時、人間には加速度の1つである重力が負荷されています。人間が揺れていてもいなくても、人間には加速度が負荷されています。内耳には加速度を感じる所があります。半規管と耳石器官です。半規管は回転を、球形嚢や卵形嚢といった耳石器官は直線加速度を感じます。加速度を感じるのは内耳だけではありません。目があります。体性感覚系として皮膚や筋肉などに感覚器があります。ほかにはないのでしょうか。私は吐き気や嘔吐と関連のある器官が加速度を感じると考えています。証明されているわけではありませんが、最も可能性が高いのは胃や腸といった内臓です。

体性神経系では、内耳、視覚、体性感覚系からの入力を中枢が出力である外眼筋、体幹・四肢筋を制御していますが、制御できないと平衡機能障害が起こります。自律神経系も体性神経系と同じような起こり方をし、内臓からの入力や体性神経系からの影響を制御できる時は無症状で、できない時は吐き気や嘔吐を中心とした自律神経症状が現れます。

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7. 平衡機能障害とは

平衡機能障害とはどのようなことをいうのでしょうか。実は平衡機能障害の正確な定義は存在しません。外来では多くの平衡機能検査が行われています。これらの検査には正常範囲が決められていますので、そこから逸脱すれば平衡機能障害となります。原則として、めまいを訴えた人だけに検査が行われます。

外来の平衡機能検査は水平で硬い床の上で行われます。乗り物に乗っている最中の平衡機能障害の基準が存在しないばかりではなく、不安定な面、斜面、水の中、暗闇、宇宙空間などでもその基準が存在しません。仕方がありませんので、平衡機能障害の有無は自分で考えることにします。

基本的には外来での平衡機能検査と同じような判断を行います。例えば、目をつぶって直立姿勢を保てない場合は平衡機能障害があると判断します。乗り物が動いている時、人間は手で何もつかまずに、両足を閉じ、目をつぶって立ち続けることはできません。怪我をしてもよいなら、電車の中で実験してみると実感できます。

平衡機能障害とは中枢が出力である外眼筋や四肢・体幹筋を制御できない場合だと考えます。

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8. スポーツと平衡機能障害

平衡機能障害を外来での検査と同じような基準で判断すれば、スポーツでは平衡機能障害ばかり起こっていることになります。

まずは水泳です。水の中では陸上と同じように立ったり、歩いたりできません。波の荒い海ではプールよりも手足が動かしにくくなります。

野球ではバッターはボールをよく見て打っているつもりでしょうが、実は見えていません。目の中で一番よく見えるところは網膜の中心窩です。この中心窩で目玉を動かしてボールをジーと見る(滑動性眼球運動)にはボールのスピードが速すぎます。人間は1秒間に45度までしか追えませんので、ボールを目の前1mで打つと仮定して計算するとそのスピードは時速5km以下です。視標を移動する衝動性眼球運動がありますが、移動するには0.2秒程の潜時があります。目の前の2mでボールを目で捉え、0.2秒後に1mのところで再び捉えるとすれば、時速は約30kmです。プロのバッターといっても、ピッチャーがボ-ルを投げた瞬間から打つまで網膜の中心窩では追えていないはずです。この場合、滑動性眼球運動、衝動性眼球運動どちらも異常と判断され、平衡機能障害があることになります。

目標となる物が目の前1mで時速30kmを超えると目ではきちんと追えないとなると、ほとんどの球技で平衡機能障害が起こっていることになります。

スポーツでは選手が頻繁に平衡機能障害を起こし、失敗が多いから競技になっています。全員が打率10割ならば野球競技にはなりません。

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9. 内耳や視覚が関係する自律神経症状

図1を参照すれば、内耳性めまいや内耳に対する刺激で起こる自律神経症状が説明できます。内耳からの入力の異常を体性神経系中枢が出力を制御できなくなり、平衡機能障害が起こります。その後、自律神経系中枢へ影響が及びますが、自律神経系の出力の制御ができれば無症状で、できなければ吐き気や嘔吐などの自律神経症状が現れます。これが前庭自律神経反射の正体だと思います。 視覚刺激でも同様です。視標の動きが速すぎたり、視野が逆転するような異常な視覚刺激が入ってくれば、主に目の動きを制御できなくなります。外眼筋の平衡機能障害が起こり、自律神経系に影響を及ぼします。内臓への出力は制御できたり、できなかったりします。制御ができなくなれば、自律神経症状が現れます。

宇宙では内耳、視覚、体性感覚系、内臓すべてから異常な入力が入ってきます。平衡機能障害を起こし、自律神経系の制御ができたり、できなかったりで、できなかった場合が宇宙酔いの発症です。

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10. 感覚混乱説に対する批判

人間は揺れを内耳や視覚などで感じますが、日常生活から得られる揺れの情報を中枢神経系内に蓄積しています。乗り物に乗った場合の感覚情報は蓄積した情報と違っており、中枢神経系の中に感覚混乱信号が発生します。乗り物酔いの症状は感覚混乱信号の強さに比例し、信号の強さは内耳や視覚からの入力の乖離の程度が大きくなるほど、入力の組み合わせが多いほど増大し、過去の経験が増すほど減少します。以上が私が理解している「感覚混乱説」の核心部分です。

わかりにくいと思いますので、私の解釈で説明します。吐き気や嘔吐などの乗り物酔い症状は感覚混乱信号の強さによって決まります。揺れが予想したよりも強ければ、感覚混乱信号が発生し、揺れが激しければ激しいほど信号が強くなり、何回も激しい揺れを経験すれば信号は弱くなります。

それでは、感覚混乱信号は存在するのでしょうか。これまでだれもその存在を証明した人はいません。乗り物に乗っている時には、天候が悪かったり、道路のカーブが多かったりで、予想したよりも揺れが強い場合はよくあります。このような時に全員が酔うのでしょうか。予想したよりも揺れが強かった場合の通常の感想は「今日は揺れるな。」で、多くの人には何も症状はないでしょう。すなわち、感覚混乱信号が出ていたとしても多くは無症状です。たとえ感覚混乱信号が何らかの症状を起こすとしても、それが吐き気や嘔吐などである必然性はありません。精神症状でも耳や目の症状でもよいはずで、あらゆる症状が起こる可能性があります。感覚が混乱して感情が不安定になり、悲しくなる、嬉しくなる、怒りっぽくなる、笑いが止まらなくなるはどうでしょうか。「感覚混乱説」を使って否定できますか。数多い症状の中で、なぜ吐き気や嘔吐などの自律神経症状が現れるか説明できますか。「感覚混乱説」では最も重要なこと、人間の平衡機能のことが全く考慮されていません。

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11. 乗り物酔いはめまい疾患なのでしょうか。

原則として、めまい患者とは自分でめまいがあると訴える人です。乗り物酔いの中心的な症状は吐き気や嘔吐です。めまいがある人もいますが、それが吐き気や嘔吐よりも強い訴えになることはありません。したがって、乗り物酔いはめまい疾患ではありません。

めまい疾患の中で最も内耳性めまいが多いのですが、それには理由が隠れています。これが乗り物酔いと関係します。 内耳ばかりではなく、目、筋肉、内臓の疾患でも平衡機能障害が起こります。目が見えなくなったり、足を怪我したり、嘔吐したりすると、ふらふらしています。杖や車イスを使っている方には明らかな平衡機能障害があります。多くの平衡機能障害がある人が病院に来ています。この中のめまい患者はごく少数です。めまいを自覚していない人、めまいよりも重い症状がある人は、平衡機能検査を受けることはほとんどありません。足を骨折して、耳鼻咽喉科でめまいの治療を受ける人はいないでしょう。中枢疾患では片麻痺などで平衡機能障害があっても、中枢性めまいとして治療を受ける人は多くはありません。

隠れている理由は、平衡機能障害がある内耳性めまいではめまいを自覚する割合が高いということです。ほかは平衡機能障害があってもめまいを自覚する割合が高くありません。人間は乗り物に乗ると必ず平衡機能障害を起こしますが、ほとんどめまいを自覚していません。

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12.質問に対する回答

当ホームページを見られた方々からいくつかの質問がありました。その中で重要と思われる質問について回答します。

船酔いと車酔いの違いについて

きちんとしたデータを取ったことはありませんが、車より船に酔いやすい人は多そうです。なぜでしょうか。揺れの強弱や時間、揺れ方、揺れに対する慣れの問題があると思います。

海洋訓練での船酔いの報告があります。富山県にある水産高校では、約3ヶ月かけて船で日本とハワイを往復する海洋訓練があります。2年生の生徒35名を調査したところ、船酔いがあったのが33名(94%)で、25名が嘔吐を経験しています。

揺れが強い状態が長く続くと多くの人が酔いを起こすのだと思います。また、揺れ方は船の場合は主に上下方向です。車は通常、舗装された道を走りますから、上下方向の揺れよりも前後左右方向の揺れが強くなります。さらにカーブでは回転が加わります。

この報告では、船酔いが消失するのが平均5.3日で、最長で11日になっています。船酔いがあったのは航海の最初だけで、以後は乗り物酔いに対する慣れにより酔わなくなっています。車には頻繁に乗っていても、船にはたまにしか乗らない人が多いことも関係しているのではないでしょうか。

外の景色と乗り物酔いの関係について

乗り物の速度と見ている対象物の距離が問題になります。物をじっと見る場合、人間の眼球を動かす能力には限界がありますので、遠い物は目で追えますが、近い物は追えません。

このことを具体的に説明します。時速50km(秒速約14m)で走っている電車の通路に立ち、正面にある建物を見ている場合を想定します。1秒経つと電車は14m進みますので、建物は14m遠ざかることになります。正面を見ていた目は1秒後に進行方向とは逆方向を向いています。この時の目の角度が重要です。人間の眼球は1秒間に45度までしか動かせませんので、この建物を目で追うためには逆方向の目の角度は45度までになります。直角二等辺3角形を考えると分かりますが、45度以内であるためには建物と電車の距離が14m以上なければなりません。

乗り物が動いている時に近い物を見ると目が追いついていけません。これを私は目(外眼筋)の平衡機能障害と考えています。平衡機能障害が強くなれば酔いやすくなります。

乗り物酔いは何歳から始まるのですか。

平成14年から25年までの調査では男女とも酔いやすくなるのは2歳からで、その頻度は2%でした。平成29年に当科を受診した1歳10ヶ月の女の子が1歳6ヶ月から酔うということでした。1歳でもまれに酔うことがあるようです。

バスの座席の位置は酔いに関係するのでしょうか。

座席によって揺れ方に微妙な違いがあるでしょうが、あまり影響はないと思います。影響が大きいのは速度の変化と道の状況です。でこぼこ道やカーブの多い山道では揺れがひどくなります。

乗り物の中で読書やスマホのゲームをすると、酔いやすくなるのはなぜでしょうか。

乗り物の中では目が揺れていますから、近くの物を見る場合は不規則に揺れている物を見るのと同じことになります。視覚からの過剰な刺激を受けると乗り物酔いに似た症状が現れることがあります。シミュレーター酔いとかシネラマ酔いと言われます。読書やスマホのゲームをすることは、乗り物の揺れのほかに視覚からの過剰刺激が加わり、酔いやすくなります。

乗り物の臭いで酔いやすくなるのでしょうか。また、以下のようなことは乗り物酔いに効果があるのでしょうか。
ガムをかむ。梅干を食べる。炭酸水を飲む。おしゃべりをする。歌を歌う。音楽を聞く。ストレッチをしてから乗る。楽な服装をする。

乗り物酔いには精神的な要因があります。快、不快は酔いに影響を及ぼしますから、一部の人はこれらによって酔いやすくなったり、酔いにくくなったりするでしょう。しかし、乗り物酔いは人間の能力で調整できない揺れが続いていることで起こりますから、これらのことは多くの人にはあまり影響を及ぼさないと思います。

だれでも乗り物に何回か乗ると酔わなくなるのでしょうか。

通常は慣れの現象で酔わなくなりますが、例外はあります。吐き気や嘔吐がすぐに現れる人は乗り物に乗ることができなくなります。時々乗る人で、いつもひどい酔いを起こし、慣れの現象が起こりにくい人がいます。

乗り物酔いの原因は視覚情報と平衡感覚のずれなのでしょうか。

乗り物酔いは頭が揺れると起こりやすくなります。自分で頭を左右や上下に激しく振っても乗り物酔いの症状は起こせます。私は10秒ぐらいで吐き気がしてきます。目を開けて振ると周りの景色がぶれて視覚情報と平衡感覚のずれが実感でき、感覚混乱が起こっていることが理解できると思います。目を閉じると視覚情報がなくなり、感覚混乱はありませんが、吐き気は起こります。
したがって、乗り物酔いの原因は視覚情報と平衡感覚のずれではありません。目の動きを制御できないこと、つまり平衡機能障害が主因で、感覚混乱は二次的な現象です。
この質問に対しては「乗り物酔いにおける感覚混乱と平衡機能障害との関係」で詳しく説明しています。

乗り物酔い防止メガネは乗り物酔いに効果があるのでしょうか。

このメガネで感覚混乱を緩和しようとしているようですが、乗り物酔いの主因は平衡機能障害ですから、効果は期待できません。中国製のメガネを手に入れましたので、このメガネをかけて頭を激しく振ってみました。10秒ぐらいで吐き気がしてきます。私には効果がありませんでした。

乗り物から降りてから現れるめまいや吐き気について

すべての乗り物で起こりますが、船で起こることが多いので下船病と呼ばれています。通常は翌日には軽快するのですが、時に長く続く人がいます。長く続く場合は他の疾患が隠れていることがあります。内耳障害とは限らず、さまざまなめまいや吐き気を引き起こす疾患の可能性があります。

(参考文献)

  • 1)野田哲哉:平衡機能障害と嘔吐―動揺病の発症についての私見―.耳鼻と臨床 46:318-326,2000.
  • 2)野田哲哉:乗り物酔いの年齢別頻度.耳鼻と臨床 56:15-18,2010.
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  • 4)T. Noda et al. Importance of cervical muscles in Galvanic body sway test. Acta Otolaryngol (Stockh) ; Suppl. 503: 191-193, 1993.
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2020年3月24日更新


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