乗り物酔いは感覚混乱説では説明できません。乗り物の揺れによって平衡機能障害が起こり、吐き気や嘔吐などの自律神経症状を伴った場合に乗り物酔いと呼ばれているに過ぎません。この平衡機能障害にめまい感を伴っていないことが乗り物酔いの機序を分かりにくくしており、無症状の状態でいきなり自律神経症状が現れます。図1(クリックすると大きく表示します)は私の考え方の基本で、姿勢の保持や運動時、すなわち人間に加速度が負荷された時の中枢神経系への入出力を示しています。入力系が内耳にある前庭、視覚、体性感覚系と胃腸で、出力系が外眼筋、四肢・体幹筋と胃腸などです。中枢神経系は平衡中枢と嘔吐中枢に分け、嘔吐中枢は平衡中枢より調節能力が高いので大きくしています。平衡中枢の調節障害が起これば、平衡機能障害が起こり、嘔吐中枢の調節障害が起これば吐き気や嘔吐といった胃腸症状を中心とした自律神経症状が現れます。
図1(クリックすると大きく表示します)乗り物が動き出した瞬間から体全体が揺れます。この際に人間に異常なことが起こっているにも関わらず、ほとんど自覚できていないことが2つあります。ひとつは体の揺れです。平衡機能障害があればめまい感を伴うことがありますが、めまい感を伴わない平衡機能障害は少なくありません。乗り物に乗ると体が揺れることは通常のことですから、大脳が揺れに慣れて異常を感じなくなっています。体が揺れていることは電車のつり革をつかみ、目を閉じて足を閉じれば実感できます。2つ目は胃腸の揺れです。体位の変化や体の動きによって胃腸は形を変え、動いていますが、人間はこれを全く自覚できません。嘔吐中枢への刺激が続き、大脳まで情報が伝えられれば吐き気を自覚します。嘔吐中枢の調節障害は簡単には起こらないという性質がありますから、それが起こるためには大きな揺れが続くことが必要です。
自律神経症状には個人差があり、現れやすい人と現れにくい人がいます。個人差には小児期に発達する神経ネットワークが関与していると思います。視覚では7-8歳で成人のレベルとなり、聴覚では15歳ぐらいまで発達を続けています。高次の認知機構を担う前頭前野が成熟するのは青年期までかかります。乗り物酔いは10歳頃から多くなりますから、この頃までに視覚や聴覚と同じように平衡中枢や嘔吐中枢周辺で神経ネットワークが構築されることが推測されます。絶えず前庭、視覚、体性感覚系、胃腸から中枢神経に入力がありますが、この際に胃腸から嘔吐中枢へ向かう入力が大きい者ほど複雑で巨大なネットワークが構築され、平衡中枢と嘔吐中枢の結びつきが強くなります。このネットワークには嘔吐を抑制する働きがあり、平衡機能障害が起こればこの結びつきが強い人ほど嘔吐中枢の調節障害が起こりやすくなります。図1に嘔吐中枢への2つの入力を黒い矢印で示していますが、2つの大きさには関連があるということになります。乗り物酔いには前庭、視覚、体性感覚系、胃腸からの異常な入力があり、嘔吐中枢の調節障害が起これば自律神経症状が現れます。乗り物酔いは平衡機能障害、嘔吐中枢へ向かう胃腸からの入力、平衡中枢と嘔吐中枢周辺の神経ネットワーク、嘔吐中枢の性質で説明できます。
乗り物に酔いやすいか酔いにくいかは平衡機能障害を起こせば分かります。酔いやすい人は自分で頭を振って乗り物酔いの症状が起こせます。できるだけ激しく左右に頭を動かすと景色が左右にぶれて見えます。上下に激しく動かすと上下に景色がぶれて見えます。これは中枢が目の動きを調節できなくなり、平衡機能障害を起こしているからです。私は乗り物に酔いやすく、激しく頭を振ると10秒ぐらいで吐き気が現れます。
「乗り物酔い」では乗り物酔いの発症、頻度、対策などを説明しています。これまでに多くの質問がありましたので、終わりのほうに「12.質問に対する回答」という欄を作りました。このホームページを作ったのは2012年11月23日で、「乗り物酔いの平衡機能説」は私のこの時までの乗り物酔い研究のまとめです。2019年12月7日の日本耳鼻咽喉科学会長崎県地方部会学術講演会で「乗り物酔いにおける感覚混乱と平衡機能障害との関係」を発表しましたので、その内容を論文にしました。また、2024年7月にこれまでの研究をまとめた論文(前庭障害に伴う嘔吐の機序)ができましたので、別刷りを希望される方は連絡して下さい。PDFで送ります。
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2024年9月3日更新
1956年6月 | 長崎市に生まれる |
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1982年3月 | 長崎大学医学部卒業 |
1982年6月~ | 長崎大学医学部耳鼻咽喉科および関連病院勤務 |
1992年6月~ | 田川市立病院耳鼻咽喉科勤務 |
1996年6月~ | 国立長崎中央病院(長崎医療センター)耳鼻咽喉科勤務 |
2002年9月 | 野田耳鼻咽喉科開院 |
(資格)
1990年3月 | 日本耳鼻咽喉科学会専門医 |
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1992年1月 | 学位(医学博士)取得 |
医療機関名 | 野田耳鼻咽喉科 | 診療科目 | 耳鼻咽喉科 |
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院長名 | 野田哲哉 | スタッフ | 看護師4名、事務員3名 |
診療時間 | 月・火・水・金/9:00~12:00、14:00~18:00 木・土/9:00~12:00 | ||
駐車場 | 18台収容可 |
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